イチロー オリックス時代は伝説!! 成績がおかしい!! 記録や通算打率の凄さ!!




イチロー

今年46歳を迎える彼は未だに現役を続ける野球界のレジェンド

今回はそんな伝説のオリックス時代を紹介していきましよー。

これから平成の名プレーヤーを野球、サッカーに分けて紹介しますね。

てことで第一回目はイチロー選手

オリックス時代とメジャー時代と分けて紹介します。

なんで分けるかって?そりゃー、長くなるからですよ笑。

まあまあ、少しばかりお付き合いくださいよ^^、

出勤、帰宅の電車の中の暇つぶしにでも笑。

でもイチロー選手のオリックス在籍したのは2000年までなんですよ。

今の18歳、19歳が生まれたのは2000年とか01年くらいですか?

イチロー選手の日本でのプレーを見たことないって人多くなったんじゃない??

それ!!もう損してますよ!!マジで笑。

当時Jリーグが始まった頃でしたから、皆サッカーに行っちゃってたんですよね。

み〜んな、ヴェルディでしたよ笑。

三浦カズに、ラモスに、そして武田笑。当時、武田かっこよかったんすよね。

いかん!!、話が逸れそうなんで笑。

でそのJリーグにかたむきかけた流れをイチロー選手の登場で

またプロ野球人気が再熱したんですよね。

僕が小学校の時にイチロー選手はオリックス時代で全盛期で、

当時の野球少年はイチロー選手に虜でしたよ。

今の子たちにからすると大谷翔平選手がそれにあたるのかな

でもね正直、日本時代は大谷選手は比較できないレベルで

凄まじかったんですよー。

てことで今回はレンジェンドシリーズ第一回目、

スーパースターイチロー選手の伝説のオリックス時代をPICKUP。

イチロー選手のWiki的プロフィール

https://goo.gl/images/D4i72h

名前 イチロー (本名 鈴木 一郎)Ichiro Suzuki

出身地 愛知県豊川市

生年月日 1973年10月23日 (45歳)

身長 180cm

体重 72kg

ポジション 外野手

イチロー選手のオリックス時代

伝説的なプレーを見せつけ、唯一無二だった日本時代

イチロー選手は、プロ野球オリックスブルーウェーブにドラフト4位で入団。

プロ1年目は2軍スタートで2軍ながらで首位打者を獲得。

イチロー選手は幼き頃からプロ野球選手に向けて毎日練習を続けていたのは有名な話。

幼き頃からもプロ意識してストイックに練習に取り組んでおり、

イチロー選手はプロ入り当初プロのボールを見て、ボール遅いなぁと拍子抜けしたそうです。

イチロー選手本人はプロ1 、2年はしっかり土台を作って3年目に勝負という感じでいたそうですね。

プロ入り入団して1、2年目のエピソードもたくさんあって紹介したいんですが、長くなりすぎそうなんで抜粋します。ほんとは書きたい!!笑

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94年大ブレイク・首位打者、MVP、初のシーズン200安打を達成

https://goo.gl/images/3vgGpd

プロ3年目94年、イチロー選手のターニングポイント

監督には名将仰木彬氏が就任し、登録名を鈴木一郎からイチローに変更

開幕からヒットを量産。彗星の如く現れ、圧倒的なパフォーマンスで一気に全国の野球ファンを虜に。

https://goo.gl/images/ngSaNA

一時打率4割を乗せるなど、シーズン通して猛打を連発。

https://goo.gl/images/kim8n1

当時の試合数130試合ながらシーズン初めて200本安打を超えるなど、

打率385と驚異的な生成績を残し、首位打者、そして最年少でMVPを獲得。

※獲得タイトルは主なものだけ紹介しています。

1994年シーズン成績・記録 130試合 打率.385 210安打 13本塁打 54打点 29盗塁

一気にスーパースターの座へ。

95年シーズン、2年連続首位打者、打点王など、そしてMVP

https://goo.gl/images/xTZNGC

1994年シーズンで大ブレイクしたイチロー選手

1995年シーズンはいわゆる2年目のジンクスと予想され、活躍しないのではという声が当然あったが、いとも簡単に払拭し実力を示す。

95年は4月は開幕して低調だったが、5月からヒットを量産。

オールスターでは初球先頭打者ホームランを放つなど、抜群の存在感を発揮。

https://goo.gl/images/8r9KEf

2年目のジンクスと言われる中、94年同様打ちまくり、打率342とハイアブレージをマーク。

ホームランも自己記録の25本を放ち、パワーも魅せつけ、

2年連続首位打者、打点王、盗塁王を獲得。

この年のイチロー選手はホームランを意識したスイングでしたね。

94、95年イチロー選手は上半身と手や肩甲骨の連動がしなやかで巻き込むように柔らかくバットを扱っていた。

練習でもスタンド上段にバンバンたたき込み、凄みを増していていた。

イチロー選手が放つ打球がセカンドフライかと思うような打球もそのままスタンドへ消えていくような打球を打っていたそうです。

それを見た現役時代ホームランバッターとして活躍した門田氏は彼は日本を代表するホームランバッターになると思ったくらい凄まじかったのこと。

しかし、このしなやかなバットの扱いは95年以降は消えている・・・・

そしてオリックスのパリーグ優勝を決める決勝サヨナラタイムリー。

https://goo.gl/images/yidTe2

1995年、1月17日阪神淡路大震災が発生。被災した神戸を復興を元気付けるためにブルーウェーブは一丸となり、頑張ろう神戸のもとリーグ優勝を果たす。

1995年シーズン成績・記録 130試合 打率.342 179安打 25本塁打 80打点 49盗塁

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96年は3年連続首位打者、2年連続MVP、そして日本一へ

96年はそれまでスクエアに立ってスタンスを体を投手側に向けるオープンスタンスに変更し、シーズンに臨むことになる。

打率356とまたしてもハイアブレージを残し,3年連続首位打者を獲得。

チームを2年連続優勝に導き、ジャイアンツとの日本シリーズではホームランを放つなど、

日本オリックスブルーウェーブを日本一に導き、2年連続MVPを獲得する。

1996シーズン成績・記録 130試合 打率.356 193安打 16本塁打 84打点 35盗塁

毎年マイナーチェンジしながらもハイレベルなパフォーマンスは圧巻の一言。

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