高校時代はどんな選手??
山岡太輔
オリックス若いエース。
侍ジャパンでも選出され、今やNPB屈指の投手へ。
そんなオリックス期待の若武者ですが、
ダルさんも絶賛した高校時代。
今回はオリックスバファローズの山岡太輔投手の高校時代をPICKUP!!
目次
山岡泰輔投手のWiki的プロフィール
名前 山岡泰輔(やまおか たいすけ)
出身地 広島県広島市安芸区
生年月日1995年9月22日(24歳)
身長 172cm
体重 68kg
ポジション 投手
山岡泰輔 高校ではどんな選手?? ダルも絶賛した高校時代!!
ダルさんも絶賛した高校時代。

球界を代表する投手へ
山岡泰輔
プロ3年目のオリックスの若いスターター。
2016年のドラフト一位。2019年でプロ3年目の若き右腕は、
プロの世界で着実に球界の代表する投手へと歩みを進めている。
細身ながらしなやかで躍動感ある投球フォームからMAX152キロ、
そして山岡投手の代名詞であるスライダーを武器に華麗な投球。
現在、チームメートの山本由伸と共にNPB期待の若き右腕の一人。
そんな期待の若武者は高校時代はプロも注目した逸材であった。
しかしながら、高校3年生の甲子園での姿は記憶に新しいが、
高校時代の山岡投手の姿というのは意外にも知られてない。
今回はオリックスの期待の星の一人である山岡泰輔投手の高校時代をPICKUPしていきましょう。
山岡泰輔の高校時代はどんな選手??

オリックス期待の若き期待の右腕、山岡泰輔投手は広島県出身。
中野東小学校でソフトボールを始めたが、
最初に始めたのはサッカー、そしてバスケや水泳など、
幼い頃はたくさんのスポーツに触れる環境であった。
中学から野球の道へ進み、進学した瀬野川中学の軟式野球部に所属。
もともと小学時代はソフトボールをしていたこともあり、最初は上から投げること戸惑いがあるようなレベルの野球少年。
そして現在の細身ながらしなやかな投球フォームは中学時代から変わっていないとのことで、山岡投手の原点は中学時代に築かれたのでしょうか。
しかし、現在の姿、そして高校3年夏の甲子園の姿を知っているいれば、山岡投手は幼き頃から優れたエリート選手に思えるが、
山岡投手はエリートとは無縁のごく普通に野球選手であった。
中学卒業後は広島県内の瀬戸内高校へ。

瀬戸内高校は野球の強豪校ではないものの、スポーツが比較的盛んな高校。
野球部だけではく、サッカー部も強く、現在バルサBに所属する安部裕葵選手も瀬戸内高校高出身。
山岡投手自身は瀬戸内高校への進学は、小学はソフトボール、中学は中学の部活に所属していたこともあり、硬式野球で全国大会に出場したなどの経験もないため、
強豪校を倒せればというほどの気持ちだったというが、
少なからず、密かに強豪校を倒しという気持ち、負けん気の強さはあった。
しかし当然当時の山岡投手は甲子園なども考えたこともなく、強豪校への進学は頭になかったという。
そんな山岡踏襲は瀬戸内高校へ進学し、
早くも一年の秋から早くもチームのエースに抜擢。
2年の夏の県大会はベスト8、
秋の県予選はベスト4、
そして3年生になり、春の大会では瀬戸内高校の10年ぶりの優勝に貢献。
4試合4完投2完封、3回52奪三振、その活躍により、徐々に存在感を示し、
高校3年生の時点では広島県内でも名の知れた投手に成長。
しかし、広島県内では実力を発揮していたものの、
まだ全国的には無名の存在だったが、非凡さ才能を徐々に発揮しつつあった。
飛躍のきっかけは身体作り。

山岡投手は細身でも有名だた、高校入学時は58キロしかなく、
体力的にも弱かっただけに、試合で投げてもバテてしまうこともしばしば。
山岡投手自身も、一番苦労したのが身体作り。
そんな山岡投手は投手として、飛躍を目指すため、高校入学からひ弱だったフィジカル面の強化を目指すことに。
まずは体重増加を目指し、トレーニングだけではなく、太りにくい体質でのあった為、食事の量を増やすこともトレーニングに一環として、取り組むことに。
食事は朝夜で一人3合ご飯を食べるなど、最初は食べることができない量の食事を摂取する日々。多い時には一日7合以上食べることも。
当然過酷な食事だが、それ以上に練習量もハード。
特にランニングのメニューが多く、毎日のように走りこむ日々。
走り込みのメニューと食事増に繰り返すことで、体重も増え、高校3年生になる頃には、体重70キロに増やすことに成功。
体重が増えたことにより、体力的に向上を見せ、一躍飛躍を遂げるきっかけに。
高校3年となり、プロ注目の存在へ。

高校3年生の夏の大会では高校3年生の集大成として、大活躍。
春の大会以上の活躍で、58回投げ、64奪三振をマークするなど、
広島県決勝でも再試合となるものの、
決勝1試合目は9回までノーヒットの快投で延長15回15奪三振、
そして再試合となった2試合目も完封と素晴らしい投球。
チームの13年ぶりに優勝に導く、甲子園の切符を掴む。
しかし高校入学当初は、甲子園出場を描いていたわけでなく、
甲子園を意識したことは一度もなかったという。
山岡投手は楽しく野球をしたい一心、練習に明け暮れ、
試合に投げたいという気持ちが、高校3年間で成長を遂げ、甲子園に出場するような投手へと成長した。
高校3年の決勝も当然プレッシャーもなく、だた投げることの喜びを感じながら、マウンドへ上がっていた。
純粋に野球な好きな気持ちが山岡投手の選手としての可能性を広げている。
ダルさんも絶賛した甲子園での姿

13年ぶりに瀬戸内高校の甲子園出場の立役者、
チームの不動のエース、広島県内でも屈指の投手として、
注目されるようになってきた山岡投手。
その才能は甲子園でも眩ばかりの才能を発揮。
甲子園初戦強豪、明徳義塾戦で惜しくも敗戦するもの、
素晴らしい投球を見せ、山岡投手が投げるスライダーには、
ダルビッシュ投手も絶賛するなど、
甲子園にその名を全国に轟かせるには十分なほどのインパクトを残した。
その活躍もあり、夏の甲子園大会終了後の高校日本代表にも選出されるなど、
一躍飛躍を遂げ、高校生屈指に存在として、
プロからも注目の存在に成長していた。
そして、山岡投手はさらなる成長する場所を目指すこととなる。
社会人野球で確固たる自信を手にプロへ。

高校3年の夏の甲子園という大舞台で強豪明徳相手に三振の山を築き、
プロ注目の存在であったが、
山岡投手はプロ意識していたがは、プロ志望届を提出せず。
2016年のドラフト1位候補と評価されるだけの存在に成長していたが、
自分の成長するために社会人野球の道へ。
高校卒業後、社会人野球の東京がすへ入団するが、もともと入団経緯が高校3年生の春に東京ガスの練習に参加がきっかけ。
当時はまだ甲子園に出場する前で、東京ガスの練習に参加した山岡投手のボールを見て、素晴らしい選手であることを知ったことが入団経緯。
そして山岡投手自身、高校3年生の夏の甲子園で出場したことにより、高校日本代表にも選出され、より高いレベルの選手に共にしたことにより、自分自身のレベルを知ったことにより、プロではなく社会人野球へ。
それは自分の立ち位置を知り、高校日本代表の選手たちとのレベルの差を埋めるため、より良い洗練された考える野球ができる投手になり、確固たる存在としてプロになるための決断。
入団した東京ガスでは1年目から活躍。

特にスライダーはレベルの高い社会人野球の舞台でも冴え渡り、
高校時代にプロ注目の存在となっていた山岡投手、さらなる成長を目指し社会人野球の道に進むわけだだが、
しかし、山岡投手は社会人野球では持ち味の一つであったストレートが痛打されるケースが増え、特にスライダーより、劣るストレートを狙われ失点を繰り返す投球で、課題を露呈。
特にスライダーは十分プロレベルであったが、ストレートで空振りが奪えず、
山岡投手自身もプロで戦うためにストレートが課題となった。
山岡投手は課題克服に向けて、これまで高校時代まで走り込みメインのトレーニングを行っていきたが、ボールを投げる右腕の強化を目指した。
指先と前腕部分を重点的に鍛えることで、ボールに押し込める感覚が養われ、
そのトレーニングを3年間続けたことにより、その成果を実り、ボールをこれまで以上にリリースする際に押し込める感覚を手に入れた。
高校時代から5キロアップの152キロまでUP。

ボールに力強さが加わり、ストレートの威力が増し、課題だった空振り奪えるボールになり、その手首のトレーニングの影響もあり、ストレートの球速にも。
キレと力強さが増したストレートと天下の宝刀スライダーのコンビネーションが冴え渡り、
自らの才能を磨き上げた。
社会人3年目には所属する東京ガスを都市対抗野球で35年ぶり、ベスト4に導くなど、
社会人野球に進み、山岡投手自身の成長するために最高の舞台となった。
高校時代から変わらない自分自身の課題を向き合い、成長しながら、着実に邁進。
今や、オリックスのエースへ

社会人3年間で着実に飛躍を遂げ、社会人No. 1投手として、満を持してプロの世界へ。
即戦力として鳴り物入りでプロ入り、
山岡投手はプロの世界でも実力を発揮。
プロ1年目2017年からオリックスの先発ローテーションの一角となり、8勝をマークし、オールスターにも出場するなど、
2年目は7勝とプロの高いレベルにしながら、2019年は13勝をあげ、
プロの世界でも適応し、着実に実力を示し、ステップアップしている。
そして侍ジャパンのメンバーにも選出され、
球界を代表する投手へと歩みを進めている。
現在のような素晴らしい投手になれたのはやはり高校時代の3年間があったからこそ。
野球が上手くなることを目指すことを考えれば、強豪校への進学を検討するのは普通。
しかし必ずしも、競合に進学すれば、才能を伸ばすとは限らない瀬戸内高校へ進学し、ただ野球をするだけ、だだ力一杯投げていただけの青年は、
瀬戸内高校へ入学後、コーチから打者との駆け引きを学び、投手として飛躍するきっかけに。
そして、瀬戸内高校では中学時代から身につけていた投球フォームをいじられることなく、自身にあった投げ方を尊重してくれた。
強豪校ではない瀬戸内高校への進学は山岡投手に必要な経験となってなり、
そんな環境の中での高校3年間、そして夏のひと時の野球への純粋な楽しさが、甲子園に導き、そして高校日本代表にも選出され、一回りも成長する投手に。
練習はハードであったが、瀬戸内高校は個人が持つ能力を引き出す上で、山岡投手にとって、成長するために最適な場所であった。
まだまだプロ3年目の24歳。

これからプロの世界でも成長するために自らと向き合い続ける。
高校時代と変わらず、野球への純粋な楽しさが、
彼を次なるステージに導く。
山岡泰輔投手に関するまとめ
いかがでしたでしょうか。
オリックスの若きエースの高校時代。
高校3年生の夏の甲子園で有名になった山岡投手でしたが、
高校入学当初は平凡な選手だった。
現在の素晴らしい姿を見れば、意外ですよね。
まだまだこれからが楽しみな投手。
数年後は球界を背負うNPBのエースへ。
今後の活躍ぶりを楽しみにしていきましょう。
