松井秀喜 伝説のジャイアンツ時代の凄さ!! 成績は?? 平成最強のホームランバッター




平成最高のパワーヒッターといえば??と聞かれたらみなさんは誰と答えますか

うん、うん、

さすがー、やっぱり皆さん、ちゃんとわかってますね〜笑。

そうです。ゴジラですよね。

違うだろ!!って思う方がいるかもしれませんが笑。そこはご了承を笑。

松井秀喜

メジャーリーグでも活躍した日本最強打者。

レジェンドイチロー選手と並び称される平成最高の選手。

今でも語り継がれる偉大なレジェンド。

今回は松井秀喜氏のジャイアンツ時代を紹介しますね。

やっぱりね、イチロー選手同様長くなりそうなので笑、

メジャーリーグ編と分けて紹介しますね。笑

も〜ですね、紹介したいこといっぱいあるんですが、

本当に長くなりそうなので、できるだけ短く書くようにします笑。

最後までお付き合いくださいよ^^笑。

今回は平成最高の強打打者として

メジャーリーグで活躍した松井秀喜氏のジャイアンツ時代をPICKUP

松井秀喜のWiki的プロフィール

https://goo.gl/images/QqGt8i

名前 松井秀喜 (まつい ひでき) Hideki Matsui

出身地 石川県能美市

生年月日 1974年6月12日 (44歳)

身長 188cm

体重 95kg

ポジション 外野手

松井秀喜氏の星稜高校時代 超高校級スラッガー

平成最強のホームランバッター

松井秀喜氏は石川県の星稜高校出身。

超高校級スラッガーとして全国に名を知れた存在。

高校通算62本塁打を記録し、甲子園ではホームラン3本放っている。

3年の選抜大会では2打席連続ホームランを放ち、高校野球ファンの度肝を抜く。

https://goo.gl/images/EMKCQu

当時同じ選抜大会にPL学院の2年生として出場していた松井稼頭央氏がスタンドから観戦しており、その松井秀喜氏が放ったホームランの弾道に驚愕したと語っている

松井秀喜氏のハイライトは3年の夏の甲子園。

当時甲子園で注目の選手として臨んでいた松井秀喜氏は

明徳義塾戦で1打席目から5打席連続敬遠を受けるなど、

https://goo.gl/images/m72hHK

その存在は高校野球では異次元の存在だった。

松井秀喜氏は高校野球史の残る伝説のスター選手として、

1992年に5球団の競合の末、巨人軍、読売ジャイアンツに入団。

ここから平成の代表するスラッガーの日々が始まる。

1993年シーズン 衝撃のデビュー

そんな松井秀喜氏も1年目は二軍スタート。

2軍で好成績をのこし、5月1日に一軍昇格。

そしてプロ2試合でファンの度肝を抜く強烈なホームランを放つ

https://goo.gl/images/36uEHZ

この初ホームランの衝撃を当時キャッチャーとして古田敦氏が衝撃を受けたと語っている。

松井秀喜氏が放った打球を見た瞬間には既にスタンドにボールがたどり着いていたそうだ。

そしてその打球をも凄まじく、木のバットではなく金属バットで打ったような打球音がしたそうだ。

そのエピソードだけでも強烈な存在であったことが物語る。

そんな松井秀喜氏はプロ1年目に、新人としてセ・リーグ記録である11本塁打を放ち、

高校最強スラッガーとして存在感を示す。

 57試合 打率.233 11本塁打 27打点 

1994年シーズン ジャイアンツの主力へ

2年目からはレギュラーに定着し、

https://goo.gl/images/hYnwEF

全試合出場。ホームラン20本塁打を放ち、着実に成長。

選出されたオールスターゲームで最年少4番として出場。

当時から大器の片鱗としてすでに球界では期待されていた。

 130試合 打率.294 20本塁打 66打点 

1995年シーズン 初のベストナイン

https://goo.gl/images/B1aA4S

3年目も22本塁打を放つ。

シーズンで初めて4番を経験。初のベストナインに輝く。

 130試合 打率.283 22本塁打 80打点 

1996年シーズン 覚醒 MVP受賞

ホームランバッターとして覚醒。

https://goo.gl/images/Huvh4C

惜しくも一本差でホームラン王を逃したがジャイアンツを優勝に導き、

リーグMVPに輝く大活躍。

シーズン38本塁打を放ち、球界を代表する強打者へ成長。

https://goo.gl/images/Bz6KZR

22歳にして38本塁打は王貞治氏の並ぶ年齢別最年少記録。この記録は未だに破られていない。

この年から打撃フォームに力感がなくなり、懐の良さが生まれる。

そして、それまで素手でバットを握っていた松井氏はこの年から右手にバッティング手袋をするようになる。

バッティング手袋は握力が20%と上がるというデータもある。

データを参考にしたかは定かではないが、松井氏は手の感触を大切にしており、

松井氏が使うバッティング手袋はミリ単位で薄くしてあり、一度のスイングで破れくらい薄くしてある。

その年のオフに行われた日米野球にて当時メジャーを代表するピッチャーであったアル・ライターからホームランを放ち、

そして日米野球にて敬遠されるなど、その存在をメジャーにも知らしめる。

年俸も一億円を突破。球界を代表する選手へ。

 130試合 打率.314 38本塁打 99打点 

1997年シーズン 37本塁打 不動の存在へ

またしても一本さでホームラン王を逃すが、、シーズン37本塁打を放つ活躍

 135試合 打率.298 37本塁打 103打点 

1997年シーズンは2年連続ホームラン35本以上を放ち長距離砲として、着実に日本最高のホームランバッターへ歩みを進めていた。

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