伝説のレーザービームのすごさを知っているか。
このプレーに誰しもが驚愕したスーパープレー。
日本のみならず、海外の反応がヤバかったのだ。
19年経った今でも語られる伝説的名場面。
イチロー。
彼が私たちに魅せてくれた最高のプレーの数々。
彼は最高のスーパースターであり、
最高のエンターテイナー。
今回はイチローさんのレーザービームのすごさ、海外の反応などをPICKUP!!
目次
イチロー選手のWiki的プロフィール

名前 イチロー (本名 鈴木 一郎)Ichiro Suzuki
出身地 愛知県春日井郡豊山町
生年月日 1973年10月23日
身長 180cm
体重 72kg
ポジション 外野手
イチロー 伝説のレーザービームを知っているか!! 海外の反応もヤバかった!!
伝説のプレーを目に焼き付けろ

先日、日本開幕戦で電撃引退となったスーパースター。
イチロー選手。
まさに平成の時代の象徴的存在。
世界が愛した安打製造機に、誰しもが時代の終止符を感じた方も多いでしょう。
そんなスーパースターは1994年日本210安打を放ち、一躍スーパースターの座へ。

日本で異次元の成績を残し、前人未到の7年連続首位打者を獲得。
満を辞して、夢のメジャーリーグへ挑戦を表明。
オリックス・ブルーウェーブからシアトル・マリナーズへ移籍。
メジャー移籍1年目から野球の本場アメリカを席巻。

首位打者、盗塁王、新人王、オールスター出場、そしてリーグMVPを獲得し、タイトルを総なめ。新人最多安打記録を更新する快挙。
その後もメジャーリーグで走攻守で高いレベルの高い実力を発揮。
10年連続200本安打、10年連続ゴールドグラブ賞、10年連続オールスター出場。

野球の最高の舞台でもスーパースターとして君臨。
その後、ニューヨーク・ヤンキース、マイアミ・マーリンズへ移籍。
メジャーリーグの歴史を塗り替え続けたレジェンド。
そして、2018年に古巣、シアトル・マリナーズへ復帰。
そして今年、2019年の日本開幕戦で現役引退を表明。
異次元の実績、栄光を刻み続けたスーパースターだ。
イチロー選手 ~見よ!!これが伝説のレーザービームだ!!
圧倒的な実力、実績を残し続け、数々の栄光を手にしてきたイチロー選手。
しかし、今回の特集は華麗なる打撃ではありませんよ^^。
そんなイチロー氏の代名詞の一つでもある強肩。
イチロー氏の最高の武器の一つ。

その強肩ぶりは日本時代から有名なもので、高校時代は投手を務めていた
しかし現役時代強肩を誇ったイチロー選手ですが、
プロ入り当初は現在のような強肩を見せることはなかったんですよね、
入団当初はカットマンまでしか強いボールを投げることができず、やっと。決して肩が弱かったわけではなく、
当時まだ投げ方が良くなく、いいボールを投げれていませんが、いつの間にか外野からの返球のモーションの美しさを手に入れ、
すごいボールを投げるようになっていたと当時のオリックスのコーチが語っています。
そして日本でも強肩外野手として活躍。
日本時代からもその広い守備範囲、そして強肩で7年連続ゴールデングラブ賞を獲得。
イチロー選手の外野手守備、肩の凄さは群を抜いていた。
当時、同じ時代にプレーしたヤクルトで活躍した古田敦也氏は外野手として、イチロー選手と新庄剛志氏、この二人が頭ひとつ抜けた実力であったと語っている。
イチロー選手の外野からの送球はもちろん強肩ですが、それだけではなくその正確性の高さは異次元レベル。

https://images.app.goo.gl/JviKxDBnndJX51cAA

それにイチロー選手はボールに入る準備が抜群にうまい。
強いボールを投げる為のボールへの入り方、捕球姿勢は他の選手より優れている点が、あれだけの強くて正確な送球を投げれる所以でしょう。
日本時代はオールスターのスピードガンコンテストで146キロ投げたり、9回にマウンドで投げたりしており、強肩ぶりは当時から有名でしたよね。
日本時代には伝説の強肩エピソードもある。
1998年にナゴヤドームで開催されたオールスターゲーム。
遠投競争が開催され、参加したイチロー選手はバックスクリーンから投げたボールが、ホームベースを超え、バックネット裏間近まで届くという、驚異のバカ肩ぶりを披露。
スタープレーヤーさえ、その強肩に凍りつくほど、当時遠投を受けた城島健司氏の表情が物語っていました。
イチロー選手は日本時代から日本プロ野球の歴史に残るほど実力、強肩の持ち主でした。
イチロー選手の強肩はアメリカへ渡ってさらに輝きを増し、
その凄さを改めて体感することになる。
イチロー選手 伝説のレーザービームは史上最高!?
そんな日本時代も強肩として名を馳せたイチロー選手。
アメリカに渡ってもその強肩は健在。

そしてイチロー選手をアメリカ全土に名が知れ渡ったきっかけは強肩。
みなさんご存知のレーザービーム、と実況された野球史に残る伝説の名場面。
当時メジャー1年目のイチロー選手。
当時はまだきたばかりのアメリカではイチロー選手に対する懐疑的な見方が強く、ファンからも厳しいブーイングを言われることが多かった。
そんな迎えたメジャーリーグ開幕から実力を発揮。

開幕戦でヒットを放ち、その後も4月6日のレンジャーズ戦ではメジャー初ホームランを放つなど、卓越した打撃はメジャーリーグを席巻。
そしてイチロー選手のすごさを世に知らしめたのが強肩。
迎えた4月11日に敵地の地でのアスレチックス戦の8回。
そしてその瞬間、伝説のレーザービームは生まれた。
球場は静まり返った。
球場にいたファン、そして選手、すべての人をうならせ、そしてその映像は瞬く間に全米に流れる。
アメリカ全土を駆け巡り、メジャーリーグ関係者、いやアメリカ全土を驚かせた。
その驚異のプレーに誰しもが度肝を抜いた。
レーザービームは今や、イチロー選手の代名詞となっているが、当時その試合の実況しいるアナウンサーが更新して発したのが最初。
メジャーリーグ、アメリカでは強肩のことを表現する代名詞にThe Throwと表現することが多い。
そしてメジャーの歴史に残るスター選手のロベルトクレメンテ外野手の強肩をライフル・アームと称することが多かったですが、
その後、レーザービームという言葉は強肩の外野手を表す言葉として使われるようになったのはこの場面のイチロー選手がきっかけとなっている。
この場面はメジャーリーグ史上にも残る伝説的強肩シーンとして認識されており、
日本にみならず、最高の伝説的名場面となっている。
イチロー選手のプレーヤーとしての価値を最大級に自らの武器で示したわけだ。
ヤンキースが誇るスーパースター、デレックジーター氏もその凄さを強く感じたという。
メジャーリーグでイチロー選手が見せた挨拶がわりの驚愕のプレー。
イチロー選手は過去のインタビューでメジャーリーグに通用するとか、そんな次元で考えていないと、いかにトップになれるかを考えていると語っている。

それに通用するんだ!!とかそんな気持ちではなく、まあ見てくれれば幸いですくらいの気持ち。
イチロー選手は自らのプレーがアメリカで自分自身を高いレベルで表現できることを確信していたのでしょう。
だからこそ、それを裏付ける野球に対する真摯な取り組み、日本時代からアメリカへ移籍することを見据えてすべて全力で向き合っていたからこそのプレー。
イチロー選手がメジャーに衝撃を与えた出世作。伝説のレーザービーム。

それを見たものは驚愕の事実を知ることになった。
その後も最高峰の舞台で強肩ぶりを遺憾無く発揮。


打撃はもちろんのこと、守備持ち超一流。アメリカメジャーリーグで10年連続ゴールドグラブを獲得。日本時代から合わせれば、17年連続となる。
しかし、何をやっても絵になります。これがスーパースターの証。かっこいい。
そんな彼の走攻守を支えた最高の武器。
レーザービーム。

彼の腕から放たれる糸を引くような送球は、イチロー選手が魅せた華麗な演出。
それに我々は魅了された。ただそれだけ。
もうその強肩を見ることはできない。
しかし、彼が魅せた上質で華麗で深みのあるプレーは、
我々の胸に刻み続ける。
イチロー選手の代名詞レーザービームに関するまとめ
いかがでしたでしょうか。
最高のスーパースター、イチロー選手。
今の語り継がれる最高の伝説的プレー、
レーザービーム。
この驚愕のプレーをリアルタイムで見れたことは、
https://images.app.goo.gl/S6ZXfWe5cgcBeoys5
私たちにとって最高に幸せなこと。
ありがとうございます、イチローさん。
