サッカー

柴崎岳 高校時代ってどんな選手?? 超一流だった青森山田時代

 

日本最高峰のレジスタの高校時代ってどんな選手??

 

柴崎岳

 

サッカー日本代表の攻撃の要、

 

そして日本代表の顔に成長した男の高校時代。

 

やはり天才と称されるほどの存在であった。

 

しかし、天才と称される以上に誰よりもサッカーと向き合っていた。

 

高校時代から超一流。

 

今回はサッカー日本代表、柴崎岳選手の高校時代をPICKUP!!

 

柴崎岳選手のWiki的プロフィール

 

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名前 柴崎岳 (しばさき がく) Gaku Shibasaki

出身地 青森県上北郡野辺地町

生年月日 1992年5月28日(27歳)

身長 175cm

体重 64kg

ポジション ミッドフィルダー (DMF・CMF・OMF)

所属クラブ デポルティーボ (スペイン)

出身高校 青森山田高校

柴崎岳 高校時代ってどんな選手?? 超一流だった青森山田時代

 

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日本の最高峰の司令塔

 

柴崎岳

 

現在、スペイン、ラ•リーガのデポルティボに所属する

 

サッカー日本代表。

 

視野の広さ、判断力で攻撃を組み立て、試合をコントロール。

 

今や、日本代表を牽引する存在に成長。

 

日本が誇るレジスタであり、日本を代表するフットボーラー。

 

2018年ロシアW杯での圧巻のパフォーマンス。

 

2022年は年齢的にも日本代表の顔として、

 

チームを引っ張る存在であることは間違い無いだろう。

 

日本代表には欠かせない存在。

 

日本最高峰のコンダクターに成長した柴崎岳選手であるが、

 

高校時代はどんな選手であったのだろうか。

 

今回は日本の司令塔である柴崎岳選手の高校時代をPICKUPしていきましょう。

柴崎岳 日本の司令塔の高校時代とは

 

天才ぶりを発揮し、プロを決意した小学時代

 

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日本最高の司令塔の道を歩みを続ける柴崎岳選手。

 

日本代表最多出場記録保持者であり、長年日本の司令塔として、

 

日本を牽引してきた遠藤保仁の貢献者、

 

素晴らしい選手に成長している。と言ってもいいほど、

 

そんな柴崎選手はプロ入り前の高校時代から一流ぶりを発揮していた。

 

日本代表の顔になりつつある柴崎選手は青森県野辺地出身。

 

地元サッカークラブである、野辺地SSSでサッカーキャリアをスタート。

 

小学生時代から柴崎岳選手は非凡な才能を遺憾なく発揮し、

 

優れたテクニックを同世代を圧倒。

 

当時から柴崎選手は小学生とは思えないような視野の広さで、試合の状況を読み取り、試合をコントロールする姿で群を抜いた存在。

 

天才サッカー選手として、地元で有名な存在であった。

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そして、柴崎選手の現在のプレースタイルの原点には幼少期の環境にもあるようだ。

 

柴崎選手は3兄弟の末っ子で、兄二人もサッカーをしており、

 

兄二人もサッカーが上手く、体格に勝る上手な兄たちとのプレー経験も幼い頃から才能を発揮できた理由の一つだろう。

 

そして、天才称されたいた柴崎選手は、当時から練習熱心。

 

ストイックに練習に打ち込む日々。

 

練習を納得いくまで続け、小学時代から完璧を求めていた。

 

天才と称されていたが、人一倍練習し、

 

サッカーへのアツい想いを持っていた若き日の柴崎選手。

 

生まれ持ったサッカーの才能を持っていたことだろうが、純粋なサッカーへの想いで誰よりも当時からサッカーかける気持ちを持っていた。

 

そんな柴崎岳選手の目標はプロ。

 

すでに自身の目標が明確になっていた柴崎選手は、目標に向けて、直向きにサッカーと向き合い、

 

天才という言葉だけが先行してしまうが、当時から目標のために夢に対して、覚悟を持って取り組んでいた。

 

この直向きな姿勢と覚悟は誰しもが見習うことができますね。

 

柴崎岳選手は小学生時代にプロサッカー選手になると決意。

 

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柴崎選手は小学生卒業後、地元青森県の強豪である青森山田高校の中等部へ進学を決意。

 

青森山田中学への進学きっかけは、野辺地SSSでプレーしていた柴崎選手のプレーを見た青森山田高校と中学の総監督である黒田監督が、惚れ込むだことにより、進学を勧めたこともきっかけ。

小学生の時にはすでにプロになるための最短ルートを考えた上で、地元の強豪校を選択したのだろう。

 

親元を早い段階で離れることになるだけに、柴崎選手の両親は心配したが、

 

その決意は確固たるもので、揺るぎないものであり、青森山田の黒田監督は両親に、絶対プロにさせると決意するほど。

 

それだけ小学生の時点で群を抜いた才能を発揮していたのだろう。

 

小学卒業後、スポーツ強豪である青森山田の中等部へ進学した柴崎岳選手。

 

入学してすぐさま、現在の持ち味である広い視野で試合をコントールし、

 

一年生でレギュラーの座を獲得。

 

中学2年生の時点で青森山田高校のサッカー部の練習に帯同させ、そして中学3年生の時点で青森山田高校のサッカー部のレギュラーとしてもプレーする機会を与えられるなど、

 

その才能は青森山田中等部でも輝いを放ち、同年代とは別次元の存在であった。

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完璧を目指した高校時代

 

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柴崎岳選手は中学卒業後は青森山田高校へ進み、

 

高校1年生で背番号10番を託され、

 

早くもJリーグのクラブの練習に参加するなど、高校1年生から逸材ぶりを発揮。

 

2年の時にはインターハイ順優勝、そして全国高校サッカー選手権大会でも2年ながら、チームの司令塔として準優勝に貢献するなど、

 

そして2年生でU-17日本代表にも選出され、ユース出身が多い中、柴崎選手は高校の部活生としてU-17W杯では10番を背負うなど、

 

宇佐美貴史選手や宮市亮選手といったプラチナ世代と称された世代の中でも輝きを放っていた。

 

小学時代から天才として称されていた柴崎選手は、着実に高校進学後も順調に成長していた。

 

高校進学後も柴崎選手は、自分自身に奢ることなく、小学時代から変わらないサッカーへの直向きな姿勢でサッカーと向き合っていた。

 

青森山田高校の黒田監督も、柴崎選手の才能を潰さないように、気をつけていたといたが、

 

自分自身の課題に気づけるように、青森山田の黒田監督も自ら気づかせる環境作りを心かげたこともあるが、

 

青森山田の育成方針も柴崎選手の成長を後押ししていた。

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才能に奢らない柴崎選手。

 

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高校1年生から10番を背負うなど、非凡な才能を発揮していたが、

 

成長するために、誰よりも練習に打ち込んでおり、朝四時から練習に打ち込むなど、強豪青森山田高校の中でも誰よりも練習していた。

 

チームメートが休日にカラオケに誘っても、カラオケでサッカー上手くなるの??と聞き返すようなエピソードもあり、

 

柴崎選手は小学時代に誓った自身の目標達成のために、高校進学後も誰より覚悟を持ってサッカーと向き合っていたのだろう。

 

周りから見れば、朝4時から練習していれば、努力と捉えられてしまうだろうが、

 

柴崎選手からすれば、努力という意識はないだろう。

 

目標の高校卒業後、プロサッカー選手になるという決意、

 

大好きなサッカーがただ純粋に上手くなりたいという気持ちのみだったはず。

 

高校2年生の時に出場した選手権で、先輩選手がプレーに納得できなかった柴崎選手は先輩選手をビンタし、鼓舞するなど、

 

現在のクールな印象である柴崎選手は熱いハートを持ち、

 

そして誰よりもサッカーへの強い想いを持ち、完璧なまでに追求していた。

 

その姿勢は高校時代から超一流であった。

 

柴崎岳選手のサッカーへの情熱は誰よりも際立っており、誰よりもサッカーに対して覚悟を持っていた。

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鹿島の10番に、そして世界へ

 

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その貪欲な姿で着実に成長し、3年生の全国高校サッカー選手権には出場は果たしたものの、目標の一つであった優勝を果たせなかったが、

 

高校1年生の時点で高校サッカー界の注目選手となり、高校2年生の選手権後、すぐにJリーグの鹿島アントラーズに入団が内定するなど、

 

小学時代に誓ったプロサッカー選手の目標を達成してみせた。

 

そして高校卒業後、鹿島入団後も直向きに黙々とサッカーと向き合い、

 

鹿島でも10番を背負い、その後、海外へ。

 

そして、現在は日本代表に欠かせない存在となりつつある。

 

現在の柴崎選手は高校時代、いや、小学時代と変わらないサッカーへの直向きな想いと向き合い、貪欲にさらなる高みを求めている。

 

多くを口にしない寡黙な柴崎選手であるが、その想い誰よりも熱い魂を持った選手。

 

小学時代から明確な目標を持ち、その夢のために突き進む強さ、覚悟を持っている柴崎選手には気づかされることが多い。

 

柴崎岳というフットボーラの原点。

 

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目標を達成するために決意、達成するための貪欲な姿勢。

 

誰よりも強さを持っているからこそ、世界で輝ける存在になれたのだろう。

 

小学時代に誓ったプロサッカー選手の夢、

 

その夢に貪欲に突き進み、

 

幼き頃に誓った夢、プロになるために完璧を求めた妥協なき強さで、

 

高校時代、掴み取ったプロへの道。

 

そして、その強さはこれからも変わらない。

 

その強さがこれからも柴崎選手を強くする。

 

 

 

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柴崎岳選手に関するまとめ

 

いかがでしたでしょうか。

 

柴崎岳選手の高校時代。

 

日本代表の司令塔はやはり幼き頃から天才ぶりを発揮し、

 

そして柴崎岳選手自身の目標への基準値は桁違いであった。

 

目標に対する強い覚悟は高校時代も別格。

 

高校時代からすでに超一流の感覚を持った選手。

 

毎年、全国高校サッカー選手権大会に出場する

 

優勝候補といってもいいほどの名門校で

 

伝説的存在として、青森山田高校では憧れの存在だ。

 

本当に素晴らしい選手。

 

現在、スペインでは苦しい日々を送っているが、

 

柴崎選手自身、自らその壁を乗り越えてくるはず。

 

2018年にW杯で見せた勝負強さは、

 

2022年のカタール大会で必ず力になる。

 

見せて欲しい、柴崎岳の真骨頂を。

 

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