松井稼頭央 現役時代の成績は?? 通算成績をPICKUP!!




日本プロ野球史上歴代最高のショートの現役時代の成績は??

球界最高のポテンシャル、身体能力でファンを魅了した

球界最高のショート

松井稼頭央

昨年2018年現役引退を表明したレジェンド。

平成の時代の彩ったスターの華麗なプレーで、

現役時代の成績は素晴らしいものがある。

これからも語り継がれる伝説の選手の一人。

今回は歴代最高のショート、松井稼頭央氏の現役時代の通算成績、活躍をPICKUP!!

松井稼頭央氏のwiki的プロフィール

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名前 松井稼頭央 (まつい かずお) 本名 和夫

出身地 大阪府東大阪市

生年月日 1975年10月23日(43歳)

身長 177cm

体重 85kg

ポジション ショート

松井稼頭央 現役時代の成績は?? 通算成績をPICKUP!!

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日本プロ野球史上最高のショートストップ

松井稼頭央

昨年、現役を引退したレジェンド。

現役時代のプレーは今なお、語られる球界屈指のスターであり、

日本とメジャーで活躍し、素晴らしい成績を残してきたスター選手。

彼を超えるショートは現れていない。

身体能力を生かした抜群のポテンシャルを誇り、

しなやかな打撃とパワー、

俊足を生かし、塁間を華麗に走り抜ける韋駄天、

そして日本人離れした身体能力と強肩でショートの守備は華麗。

球界最高の身体能力と称された現役時代。誰もが彼のプレーに魅了されたもの。

今回は松井稼頭央氏の現役時代の成績、活躍ぶりを振り返っていこう。

日本プロ野球史上、歴代最高ショート。

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松井稼頭央選手は、名門、PL学園出身。

PL学園は現在は野球部は休止状態ではあるが、当時はPL学園は野球の超名門。
数多くのプロ野球選手を輩出しており、当時はプロ予備軍のような存在。現在では大阪桐蔭のようなところでしょうか。

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そんな野球の名門校でも類い稀なる才能を発揮していた松井稼頭央選手。

高校時代は投手として活躍し、一年生の秋にはエースナンバーをつけるなど、

抜群の野球センス、身体能力で名門PLでも早くも頭角を現し、別格の存在感。

翌年の2年生の春の甲子園センバツ大会に出場。

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しかし高校時代は怪我に泣かれてることが多く、2年生のセンバツも右肘に注射を打ちながらのマウンドに立つなど、怪我に泣かされ3年間であった。

あまり目立った活躍ができていないが、しかし、飛び抜けた身体能力は別格。

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そんな高校時代から抜群の野球センスを買われ、プロの世界へ。

西武ライオンズから3位指名を受け、入団。

高校時代は投手であったが、野手としてプロ入り。

もともと高校時代は投手の松井稼頭央選手であり、当然投手としての練習がメインだったため、

野手として素人同然レベルでのプロ入りであったが、

際立った身体能力を買われての入団。

当然のように松井選手のスバ抜けた身体能力、

そして抜群すぎるほどの野球センスはプロ野球界でも別格。

それに人一倍練習をするストイックさも兼ね備えていたこともあり、

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一年目から二軍で成績を残し、すぐさま頭角を現し、一軍の舞台へ。

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プロ入り2年目95年には一軍で69試合に出場し、21盗塁という成績を残し、

俊足巧打の選手として、ライオンズのリードオフマンに定着。

プロ入り3年目1996年には全試合に出場し、レギュラーを獲得。

打率.283 1本塁打 そして盗塁50盗塁で好成績をマーク。

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ライオンズのリードオフマンとしてブレイク。

そして入団3年目にはもともと右打ちだった松井選手は、

スイッチヒッターに転向。

97年はさらなる飛躍を遂げ、打率.300、62盗塁をマークし、

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盗塁ではズバ抜けた成績を残し、その韋駄天ぶりは球界を席巻。

オールスターでは強肩古田敦也捕手から1試合4盗塁を達成するなど、

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一躍、パリーグを代表する人気選手へ。

98年には打率.311 9本塁打 43盗塁、

ライオンズの2年連続優勝に貢献し、リーグMVPを獲得。

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松井稼頭央選手は年々、打撃でも実力をつけ始め、人一倍の練習量で左打席でも頭角を表すようになり、選手としての幅を広げ、飛躍し、毎年成績をアップさせていた。

そして球界屈指の韋駄天として96年から3年連続盗塁王で存在感を発揮。

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俊足巧打のリードオフマンとして、球界最高の選手の一人にまで成長。

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年凄みを増す松井選手はさらなる飛躍を続ける。

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スイッチヒッターとして作り上げた左打席を向上を目指し、

確実性の向上とパワーアップ。

それまで俊足を生かし当てるバッティングから、フルスイング、しっかり振り切るスイングで打撃アップ。

ストイックに野球と向き合う姿勢により、年々、選手としてスケール上げ、

格段に凄みを増し、好成績を連発。

松井稼頭央選手は99年には打率.330 本塁打15本、2000年には打率.322 本塁打23本、

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2002年には打率.308 24本と着実に成果を出し、

長打を身につけた松井稼頭央選手は、気がづけば右打席より、左打席の方が凄みを増し、

そして松井稼頭央選手の日本時代のハイライトといってもいい2002年。

2002年には打率,332 36本塁打と自己最高の成績をマーク。そして33盗塁をマークし、

トリプルスリーを達成。

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近年では山田哲人や柳田悠岐をトリプルスリー達成の影響もあり、身近なものなったものだが、当時では久々のトリプルスリー達成者でもあったが、
特に2000年に入った頃の松井稼頭央選手は強烈な存在感を放っていた。

特に左打席の凄みが増し、作られた左をものし、長打を連発。

始めたころは単打しか打てなかった左打席でレフトにホームランを放つなど、

それは本当にすごいものであり、

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プロ入り後、作り上げた左打席は気がつけば、球界屈指の強打者に成長していた。

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松井稼頭央選手は、走攻守全てハイレベルでどれ劣っても一流。

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2003年も打率.305 33本塁打をマーク。 

盗塁は13と2年連続トリプルスリーとはならなかったが、

5ツールプレーヤーとして球界最高の選手へ。

松井稼頭央選手はプロ入り3年目にブレイク、97年から2003年まで、7年連続打率.300を達成するなど、そして96年から2003年まで全試合出場するなど、

全盛期とも言える最高のライオンズ時代。

日本時代・ライオン時代の通算成績は、

 打数4638 安打1433 打率.308 150本塁打 306盗塁 569打点

タイトル、

リーグMVP(98)、盗塁王3回、最多安打一回、ベストナイン7回、ゴールドグラブ賞4回、

球界最高の身体能力で毎年、好成績をマークし、球界の顔にまで成長していた。

日本球界の最高の選手になっていた松井選手は、日本では収まらなりほどの存在感へ。

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そして、活躍の舞台をメジャーリーグへ。

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2004年にFAでニューヨーク・メッツに移籍。

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当時は1年にイチロー選手、新庄剛志選手、3年には松井秀喜選手が、メジャーリーグで日本人野手として実力を発揮したこともあり、

松井稼頭央選手も人気銘柄として、アメリカで争奪戦が起こるほど、
人気銘柄としてメジャーへ移籍であった。

日本人初の内野手としてメジャーリーガーとしてどんな活躍をするの注目が集まる中、

移籍したメッツでの2004年開幕戦で、一番ショートとして、開幕戦初球初打席。

先頭打者ホームランをセンターに叩き込み、衝撃のメジャーデビュー。

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メジャー開幕戦でいきなり、挨拶がわりの一発を華麗にスタンドまで叩き込んで見せた。

メッツで3年間プレー後、コロラド・ロッキーズに移籍。

ロッキーズのリードオフマンとしてワールドシリーズに出場するなど、

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ロッキーズの攻守の要として存在感をみせ、それまで弱勝チームだったロッキーズの快進撃の立役者として活躍。

その後、ヒューストンアストロズに移籍。

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アストロズでも俊足巧打の2番バッターとして活躍。

松井稼頭央選手はメジャーの舞台では、

日本時代のような活躍、成績残すことはできなかったものの、

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いぶし銀の活躍で、メジャーリーグでも存在感を示した。

メジャー通算成績は

630試合 打数2302 615安打 打率.267 32本塁打 211打点 102盗塁

その後、日本球界に復帰。

東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍。

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日本復帰後はライオンズ時代ほどの活躍はできなかったが、楽天の日本一に貢献。

その後2018年に古巣西武ライオンズに復帰し、

現役引退を表明。

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そんな偉大な選手も昨シーズン、とうとうユニフォームを脱ぐことに。

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華麗なプレーで日米で素晴らしい実績を上げた、球界最高のショートストップである。

現役生活25年間でNPB単独通算成績は、

1913試合 打数7190 2090安打 打率.291 201本塁打 打点837 盗塁 363

日米通算成績は、

2543試合 9492打数 2705本安打 打率.284 233本塁打 1048 盗塁102

日米で素晴らしい成績を残した平成最高の選手の一人である。

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松井稼頭央選手は本当に華麗で華のあるスター選手であった。

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特にライオンズ時代はズバ抜けた身体能力で全てのプレーが華麗の一言。

プロ入り後のストイックなまでに野球に取り組み、

誰よりも練習し、走攻守でファンを魅了し、年々、凄みを見せたライオンズ時代。

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特に2000年を超えて、メジャー挑戦する前の2003年までは特に凄まじかった。

これだけプレーに印象が残っている全盛期であるが、

打撃タイトルは99年の最多安打のみ。

やはり同じ時代には当時オリックスに在籍したスーパースター、イチロー選手がいた。

イチロー選手は1994年から2000年まで打率.340以上の打率を残し、7年連続首位打者。

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どんなに松井選手が成績を残そうとも、イチロー選手という存在が立ちはだかった。

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首位打者を狙えたシーズンもあったのも事実だが、

99年はイチロー選手が8月に死球を受け、戦線離脱。

後半戦調子が良かった松井稼頭央選手が打率で猛追していたが、

結果的には99年は打率.330とイチロー選手の99年の打率.343まで迫ったが、

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イチロー選手の成績を追い抜くことはできなかった。

これだけ最高のポテンシャルを持った選手なだけに、打撃タイトルが最多安打のみというのは寂しいもの。

イチロー選手という存在が強烈な存在かを再認識するが、

松井稼頭央選手はイチロー選手に次ぐ存在。

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パ・リーグを代表する選手でもあったことは間違いない。

そんな松井稼頭央選手は同時期にプレーしたいイチロー選手に憧れを抱き、

松井稼頭央選手は「いつもイチローさんの背中を追いかけていた」と語るように、

憧れの存在に近づくために、練習の時、そして試合の時も存在を追いかけていた。

きっと偉大な選手と同じ時代にプレーできたことを誇りに思い、偉大な選手に近づきたいという気持ちが、

松井稼頭央選手も偉大な選手へと導いたのだろう。

素晴らしい成績を残したプロ入り後のライオンズ時代。

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しかし、栄光ばかり手にした印象であったが、壁にもぶち当たりながら戦っていた。

メジャーリーグ移籍後はライオンズ時代のようなプレーはできず、

そして日本復帰後後も衰えもあり以前のようなパフォーマンスはできなかったが、

松井稼頭央選手が残してきた成績は球界最高レベル。

入団当初から誰よりもストイックなまでに野球と向き合う真摯な姿は、

現役最後の時まで全く変わらなかった。

日本最高の身体能力を持つと言われた男は、

才能の溺れることなく、最後の最後まで己を磨き続けた。

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日本プロ野球史上最高のシュートストップ。

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現在、現役で読売ジャイアンツの坂本勇人選手が年々選手として飛躍し、

ショートとして素晴らしい実績を積み重ねている。

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坂本選手がプロ生活でどこまで通算成績を積み重ねることができるかわからないが、
実績の面で坂本選手が史上最高のショートストップと呼ばれる日が来ることは間違い無いだろう。

しかし、松井稼頭央選手の身体能力や抜群の野球センスは、

日本プロ野球の歴史の中でも史上最高。

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身体能力に関しては、イチロー氏や松井秀喜氏らをも、しのぐ。

それだけ、ずば抜けて身体能力を生かしたプレーで野球ファンを虜にした

史上最高の華麗で華のある選手。

現在の日本プロ野球には松井稼頭央選手のような、華麗で走攻守でファンを沸かせる選手はいないことは寂しいものであるが、
今後、個性豊かな松井稼頭央氏のようなプレーヤーの登場することを期待しよう。

それだけ松井稼頭央選手が残してきたものは、

私たちの生きた平成という時代では、ショート=松井稼頭央。

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彼こそ、ショートの代名詞であった。

それだけ偉大で唯一無二の選手であり、

最高のプレーヤーであった。

松井稼頭央選手に関するまとめ

いかがでしたでしょうか。

日本プロ野球史上最高のショート、松井稼頭央氏。

類い稀なる野球センス、ズバ抜けた球界屈指の身体能力を誇理、

現役時代の華麗なプレー、ファンを魅了。

そして素晴らしい成績、実績は忘れない。

史上最高の選手だ。